HOME > Staff > Frays > 一牛 由梨絵

Staff

< 田中 隆基  |  一覧へ戻る  |  潮来 真奈 >

一牛 由梨絵

幼い頃の私は人見知りの激しい、今とは正反対の性格をしていた。
お正月が大嫌いで、お年玉をもらうたびに大泣きが毎年の恒例行事だった。

そんな私には、口から生まれた様な母がいる。「お母さんはおしゃべりし過ぎて出っ歯なの」が口癖の愉快な人だ。
幼少時、私には心に決めていた事があった。
“母の様におしゃべりなおばちゃんにはならないと”
皮肉にも、やはり蛙の子は蛙だ。今では立派なおしゃべりおばさんになっている。
どんな転機があったのかは、私にも覚えがない。おしゃべり遺伝子でも存在するのだろうか。

私が小学一年の頃、早くも算数につまづき登校したくない!と騒いだことがある。
両親は悩んだ末に神楽を習わせた。
今の私からは考えられない、巫女さんである。両親は一体何を考えていたのだろう 笑
そして、スポ少のバトミントン。机に向かうこと無く、ただひたすらに身体を動かしていた小中学校。
私は、"ちょっと動けるおバカ" にスクスクと成長していた。

高校に入学し、120センチのルーズソックス。二枚に重ねたつけまつげ。日焼けサロンに、当時流行っていたハイビスカス柄の洋服を身にまとい、「イケてる!」そう言われたいがために勉強もせず、ただひたすらにバイトをした。私にとって思い出したくもない黒歴史である。
ある日友達とともに、私たちの間ではイケている笑 服装をし、ギャルの聖地である渋谷に行った。その時みた光景を、私は生涯忘れる事がないであろう。

なんと、ルーズソックスを誰一人として履いていないのである。
今考えてみれば阿呆らしい話だが当時の私には、それはそれは大きな事件であった。
わたしは、カルチャーショックをうけた。

それからというもの、ほんとうのイケてるとは何なのだろうと考えるようになり、自然と美容業界に携わりたいと考えるようになった。
両親と相談し、美容専門学校に進路を決めた。
専門に通い出し、私のイケてるは本当にちっぽけなモノなのだと痛感した。
様々な髪型、髪色、服装。今まで見たこともない新しい世界にワクワクした。
皆んなで同じ夢を見て、励まし合い、本気だからこそぶつかり合い。初めて勉強を楽しく感じることができた。朝練、家での課題は正直辛かったが、がむしゃらに学業に取り組むうちに、ちょっと動けるおバカが、生徒会副会長にグレードアップする事ができた。
こんな私でも、本気で打ち込める仕事があることが、凄く凄く嬉しかった。

フレイズ入社後、オーナーや店長にシゴかれながらも無事スタイリストになる事が出来た。フレイズ新規出店の日、完成したお店を見て、スタッフ皆んなで泣きじゃくったのはいい思い出だ。
その後、悪態をついて退社 笑
アートネイチャー、他店での美容室経験をさせてもらった。
少し遠回りをしたかもしれないが、私にとっては自分自身と向き合う大切な時間だったのだと思う。
そして、また縁があり一緒に仕事をさせてもらっている。

そんな私にも夢がある。私の子供達に、目標としてもらえる、そんな美容師になることだ。
母として、美容師として。精一杯頑張っていきたい。

入社当時より、変わらず応援してくださっているお客様、そして、これから出会う沢山のお客様。一つ一つの出会いや、ご縁を大切に。
変わらず真面目に仕事に取り組んでまいります。
これからも、どうぞ末永いお付き合いを。
宜しくお願い致します。
name 一牛 由梨絵
position Carelist
info 久喜市鷲宮生まれ
hobby ネットショッピング
月に一度の居酒屋ゆりえ


< 田中 隆基  |  一覧へ戻る  |  潮来 真奈 >

カテゴリ:

このページのトップへ